パイポ

オイルヒーターと醤油パックが起こした奇跡

※悪いことだとは思いませんが、故人というのはとかく美化されがちなものです。例え日々飲んだくれてしょうゆの瓶で家族を殴りつけるような暴力じじいだったとしても、亡くなった後は「仕事熱心な人だった」「よく近所の犬に餌をやっていた」などと、いい話ばかりがささやかれるものです。向山に関してもそれは同じで、ともすれば深みのあるエッセイや、人生を掘り下げた発言ばかりがクローズアップされがちな部分があります。

しかし、思い出してください。彼の書いたものには、相当くだらないネタもありました。何せ、クリエイターとしての原材料がホラー映画と必殺シリーズという男です。それほど人生について深いことばかり考えていたわけがないのです。

今回は、そんな向山の低劣な一面を思い出して頂くべく、こんな回をチョイスしてみました。気楽に、期待値を下げてお楽しみいただけたらと思います。あと、石を投げないでください。(猫蔵)

オイルヒーターと醤油パックが起こした奇跡

長い間生きていると、たまにあり得ない出来事に遭遇する。今日はある冬の寒い日、ぼくの身の上に起きたちょっとあり得ない出来事を紹介したい。 

その日の昼、ぼくは近くの某パック寿司専門店でランチのお得パックを買って、家で食べているところだった。寿司という割には軍艦巻きにコーンが乗っていたり、にぎり寿司のネタがハムだったり、なかなか斬新なラインアップのパックだったが、このジャンクな感じが気に入っているので、特に文句もなくおいしくいただいた。

問題は寿司ネタではない。たとえエビが見たことがないほど薄くても、イカでもたこでもない第三の軟体海洋生物が含まれていても、それは問題ではなかった。――問題はここの醤油パックなのだ。

いい加減ぼくも塩分を控えなくてはならない。そのため、最近はいつも少なめに醤油をかけるようにしていて、パックの中の醤油が使い切れないことが多い。

しかし、どうもこの国ではパックの醤油というのは使い切るのが当たり前らしく、使い切れなかった醤油のパックを食べている間どうするのか、ということに対して、誰も論議の必要性を感じていないようだ。

こうしてこれを打っていても、全国のどこかにある「使いにくい形をした醤油のビニールパックを作る会社」の製作担当部署での上司と部下の会話が聞こえてくる気がする。

部下「部長、このパック、醤油が中に残っていると、立てることも寝かせることもできません。ごみ箱に捨てたら、ごみ箱の内側が醤油まみれになってしまいます」

上司「そんなもん使い切ればいいだろ」

部下「しかし、みんなが使い切るわけじゃありません。現にぼくもこうして昼ご飯の醤油をまだ右手に持っています」

上司「そんなやつはおれが残った醤油を鼻から流し込んでやる」

部下「や、やめてください、部長! げふっげふっ!」

仕方ないので、裏返しにした蓋の端に醤油を斜めに立てかけておいたのだが、当初からとても怪しいポジションだとは思っていた。

そうしてなんらかの魚だということ以外、あまり種類の分からない寿司ネタを食べていると、何かが喉につかえて、ふいに咳き込んだ。何がつかえたのかは分からないが、推測するならきっと寿司ネタのフリをしていけしゃあしゃあと軍艦巻きに乗っていたあのコーンだと思う。あいつはそういうことをしそうな気配があった。

で、咳き込んだはずみに膝が醤油をたてかけた蓋の角に当たり、蓋が斜めに跳ね上がった。

ちょうど古代ギリシア時代に城門の攻略に用いられた投石機のような美しいアーチを描いて、醤油はぼくの目の前を舞った。

この瞬間、誓って言うが、一瞬醤油のパックの動きがマトリクスのようにスローモーションで見えた。もしこれが3Dカメラで撮影されていたら、ぼくの頬のすぐ横を大迫力で回転しながらビニールの醤油パックがかすめていく映像に、観客はみんな身を逸らしていたはずだ。

醤油はきれいにソファの肘置きを飛び越え、その向こうにあるオイルヒーターに向かった。オイルヒーターというのは、あの白い金属のパネルが五、六枚縦に連なった、暖房器具である。

このヒーターにまっすぐ向かった醤油のパックは何十分の一かの確立で、ちょうど二枚のパネルの間に飛び込んだ。そして、なんの因果か、反対側へ通り抜ける前にパネルとパネルの隙間のちょうどど真ん中――もっとも手が届きにくいところに残った醤油を全部ぶちまけてくれた。

何しろ、パネルの間はものすごい高温である。じゅーっという音と共に部屋の中に一気に広がる焼けた醤油の臭い。これが驚くほどきつい臭いだった。百倍に濃縮したあられを両方の鼻に詰めて、口をガムテープで蓋されたような激しさで、目の裏まで醤油の臭いが染み込んでくる。

慌てて布巾で拭こうとしたものの、猛烈に熱いのでとても手を突っ込めない。醤油はちょうど真ん中あたりで垂直に流れていて、どちら側から拭くにせよ、思いっきり指先を中まで差し込まないと届かない位置だ。熱いだけじゃない。熱せられた醤油の臭いが猛烈な勢いで立ち上ってくる。すごく寒い冬の日だったが、やむなくオールヒーターの電源を落とした。しかし、オイルヒーターを使っている人なら分かると思うが、電源を切ったあとも丸三十分ぐらいオイルヒーターは熱を失わない。

外は氷点下の日だ。部屋はどんどん寒くなっていく。それなのに、ヒーターだけがなかなか冷たくならない。結局寒さに震えながら、何度もヒーターに手を突っ込んでは「あちちっ!」と一人で怒って、その間もムンムンと香る醤油の臭いで気持ち悪くなっていた。

――次の日以降も人が来る度に、「お、餅焼いた?」などと聞かれ、何度か説明しようと思ったが、あまりに馬鹿馬鹿しいので、今年の冬はスタジオではずっと餅を焼いていたことになっている。

よほど「使いにくい形をした醤油のビニールパックを作る会社」の製作担当部署に電話して苦情を言おうかと思ったが、たとえ言ったとしてもきっとこんな会話が会議の時に交わされるだけだと思ったので、やめておいた。

部下「部長! あの醤油の容器、やっぱり改良しないとまずいですよ! 見てください。こんな悲劇の投書が!」

上司「なんだ?」

部下「醤油をオイルヒーターの隙間にこぼして、一時間も醤油の悪臭で苦しんだ人がいるんです!」

上司「……」

部下「どっちからも布巾が届かなくて、部屋中が焼きすぎた餅みたいな香りに……あ、部長、何するんですか! やめてください! うわ、げふっげふっ!」

ウソみたいな話だが、誓って言うが、本当の話である。どうしても信じられないのなら、うちの一階にすごく寒い冬の日に来てみるといい。そう。真ん中の下の方だけ、どちらからもどうしても届かないところがまだ少し残っているのだ。かぐわしい餅の香りが、今もまだわずかに部屋の中に漂っている。

ほたるの群れ・次回予告

どてら猫

童話物語 幻の旧バージョン

ほたるの群れ アニメPV絶賛公開中

作者公式サイト

  • RD
  • Change by Gradation

作品公式サイト

  • 童話物語
  • BIG FAT CAT
  • 絶叫仮面
  • 絶叫仮面モバイル
  • ほたるの群れ
  • 五倉山中学日記
  • ねこうた
  • なまけもん
  • ちゅうちゃん