「体に悪い考え」
深夜、自販機。
気晴らしに散歩に出た先でドクターペッパーを買う。
チビチビ缶に口を付けながら夜道を歩いていて、急にふと思った。
この味って、なんの味なんだろう? 過去、色々不名誉な形容を受けたことはある。「梅味のコーラ」とか「甘い漢方薬」とか「薄めたのどシロップ」とか、缶に書かれている「20種類のフルーツフレーバー」の断り書きに失礼千万な話だ。
確かに公平に考えて、ドクターペッパーを飲んでいて果物と結びつく味を感じたことはない。ものすごくゆずって、干しプルーンぐらいしか思いつかない。もし本当にこれが二十種類の果物の味だとしたら、その二十種類の果物は少なくとも現代の日本にはないものだと思われる。
ただ、ドクターペッパーはもともとアメリカの下町のドラッグストアで、調剤師が「健康にいいもの」として作った飲み物だというのが通説である。(名前のドクターもその辺りに由来がある。)おそらく最初はちゃんとした原材料で作っていたのではないだろうか。
そこで夜道の端に腰かけてスマホを取り出してみた。おそらくスマホというのはこうして真夜中の散歩の途中にドクターペッパーの原材料が急に知りたくなった時のために発明されたものではないかと思う。ステーブ・ジョブスが深夜のアメリカでドクターペッパーを飲みながら「しまった! まだiPhoneを発明してないから、今すぐ原材料が調べられないじゃないか! すぐにでもiPhoneを作らせて調べないと!」と拳を振りかざすところが容易に想像できる。
そんなスマホ本来の使い方に準じてさっそく「ドクターペッパー フルーツ インチキ」を日本語と英語両方で検索してみると、結構たくさんの情報が出て来る。それを深夜の路肩に座って読んでいると、通りがかりの人たちが怪しそうに横目で見ていくが、彼らはおそらくスマホをゲームにしか使ったことがなく、こう言った本来の使い方を知らないのだろう。いくつかの記事を流し読みしたところ、概ねこういったことが分かった。
・原材料的にはどうもドクターペッパーはぼくの大嫌いなルートビアとそんなに変わらないらしい。
・実際、梅に近いものも入っているので、梅味のコーラもあながち間違いではない。
・結構漢方薬とも材料がかぶるので、甘い漢方薬もそれほど間違ってない。というか、正解。
・残念ながら喉シロップの材料ともそれなりにかぶっている。
・メインの味だと言われているのが「サルサパリラ」という聞いたこともない植物らしいので、やはり日本にない果物で間違いないかもしれない。
・そのサルサパリラはヨーロッパでは淋病や梅毒の治療薬として使われていたらしい。
・推測される原材料のひとつがコカというコカインの原材料になる植物なので、中毒の方も気のせいではないかもしれない。
・「セイヨウネズ」というのは何か知りたくもない。
この時点でスマホをパタン!とたたんだ。どうもこれは危険だ。もちろんドクターペッパーのことを言ってるのではない。スマホのことである。やはり深夜に道端で思いつきで調べ物をしても、いいことなんてない。熱がありそうな時にずっとがんばって耐えていたのに、熱を測って「38.1」と出た瞬間に動けなくなる——あの現象と同じことが起こりかねない。
もちろん、原材料にはラズベリーやチェリーやキャラメルや、その他おいしそうなものもたくさん含まれていたが、どうしてもサルサパリラのインパクトに何もかも打ち消されてしまう。特にサルサパリラの効能を知った後だと、最初に調剤していた薬剤師が飲み物を売ろうとしていた客層もひどく気になる。
手に持っている缶にもう一度口を付けるのをためらう前に、すぐに一口飲む。
そう。これはぼくの大好きなドクターペッパー。
淋病の薬とか麻薬では断じてない。二十種類のフルーツフレーバー……それでいいではないか。そうだ。それでいいのだ。なぜ調べようと思ったのだろう。そう缶に書いてあるのだから、それでいいのだ。たとえそのフルーツが紀元前のものだとしても、アトランティス大陸由来のものだとしても、クリストファーロイドに酷似した科学者が笑いながら試験管の中で生み出したものでも、フルーツならそれでいいではないか。
むしろ体に悪いのは、知らなくていいことを教えてくれるスマートフォンの方だ。急いで作られた最初のiPhoneのプロトタイプを夜道に着陸した緊急離着陸型ヘリから出てきた部下に手渡され、その場で「ドクターペッパー フルーツ インチキ」で検索して「NOOO!」となるジョブスの姿を想像しながら、ぼくはその日、夜道を帰途についた。
*この時のドクターペッパーはそのあと、スタッフがおいしくいただきました。